壁に沁みついたヤニと哀愁。浅草特集「ブロンディ」
つくばエクスプレスのA1出口を出るとまず目につくのがこの喫茶店である。
久しぶりに浅草特集を再開したい。
「ブロンディ」が位置するのは河童橋のすぐそばで、近年できた大型ディスカウントストアのためか外国人観光客も多くいる。しかし「ブロンディ」に入るとそこは常連客だけの静かな空間。昭和30年頃の創業の老舗中の老舗である。
店内に入った瞬間、何とも言えない昭和の香りがする。
令和の時代に思い起こす「ポップ」で「レトロ」で「ファンシー」な昭和ではなく、人々の感情と時間がヤニとともに壁紙に染みついた「ノスタルジー」がまさにここにある。
店内はたまに話し声がはずんだ女性客が入るとにぎやかに感じるが基本的にはいつも静かだ。珈琲だけ飲んですぐに立ち去る常連客と思われる客も少なくはない。ほとんどの客が煙草を燻らせながらテレビや新聞をぼんやりと眺めている。
この近辺は演劇場が多くあった場所で、名だたる芸人たちが演劇の前後に通っていたらしい。私も数年前に大変著名なコメディアンをこの店で見かけた。
しかし、この店にそういった方のサイン色紙が1枚もないというのが、まるでこの店の貫禄のようでもあるし、「欽ちゃん」や「ビートたけし」とともに育っていったような感じもする。(※「ペガサス」もそのうちの1つだろうか)浅草特集「ペガサス」の記事
扉を開けると年老いたマスターが席を案内してくれる。
私が訪れた日は小雨降る土曜日。近くにある場外馬券場で馬券を買ってレースの結果待ちと思われる男性客数人、それから家族連れも数組。
いつもは少し気の抜けたようなメロンソーダを頼むのだが、オリジナルと銘打ったカレーを注文した。いわゆる欧風カレーというより、スパイスのしっかり効いた辛口カレーだ。
男性にもおすすめの量です。
本当に何度も言うがこの店はヘビースモーカーが多い。
家族経営で、どうやら家族全員がヘビースモーカーなようだ。咥え煙草で新聞を読みながらオーダーを待つ息子さん。いつも整髪料で後ろ結びにまとめた髪とやけにスマートない出で立ちがなぜか松田優作のように感じる(あくまでも筆者の主観である)
近年見かけなくなった光景でもある。喫煙者には厳しい時代、喫煙者は煙草とともに居場所を探すしかない。そんな哀愁も含めてここだけミドル昭和だ。(※ミドル昭和・・・筆者が名づけた。昭和30年代後半~50年頃の時代)
麻雀のできるテーブルゲームが設置されていた。最近、復刻版を置いたそうだ。
帰り際に大切な友人へケーキを買うことにした。
レジでその旨をマスターに伝えたら、困ったように「うちは持ち帰るお客さんなんていなくてね」と、でもすぐに「だったら味はどれも美味しいから倒れにくい形のものにしなさい」と、選ばせてくれた。しばらくして例の松田優作似の息子さんがプラスチック製のパッケージに入れて持って来てくれた。
会計をして店を出た。雨はやんでいていつも通りの観光地としての浅草の街が広がっていたが、なぜか「ブロンディで買ったケーキを持っている」ことが、九州からやって来た私が浅草になじんでいるような気がしてその日は誇らしい気持ちでいっぱいであった。
◆ブロンディ
東京都台東区浅草2丁目11−1
03-3841-1583
営業時間 8:30~22:30